教養課程の線型代数をちょっとでも習った人ならケイリー-ハミルトンの定理を誰でもご存知でしょう。つまり、正方行列Aの固有多項式をf(x)とすれば、f(A)=零行列であるというお馴染みのものです。今現在、大学で教鞭を執っている友人共の話によれば、今だに学生の中にはf(x)=det(A-xE)のxにAを代入してf(A)=det(零行列)=0では駄目なんですかと質問する馬鹿がいるらしいです。大昔、友人共の一人が切れて定期考査の試験にケイリー-ハミルトンの定理を証明せよという出題をしたことがありましたが、その友人に理由を訊くと、f(A)=det(零行列)=0とするような数学デリカシの無い奴をあぶり出すためだと怒ってました。講義中の板書で0と書くと行列0なのか、それともスカラ0なのか誤解され易いから行列0を出来るだけ"零行列"と書こうじゃないかと皆で申し合わせしたことも今では懐かしい思い出の一つになりました。
ここまで書けば、ケイリー-ハミルトンの定理を知らない人でも上記の珍解答の何が駄目なのかお分かりになっただろうと思います。つまり、零行列とスカラ0は全く別物であるということです。もう少し補足すると、A-xEを行列係数を持つxに関する一次多項式であるという断わりがあるのであれば、このxにAを代入することは何ら問題ありません。但し、その場合でもdet(A-xE)は何を意味するのか不明だと私は思います。つまり、xの一次多項式の行列式って一体何なのかというわけです。だから、普通はxをスカラであると見なし、A-xEを行列であると考えます。数学デリカシの無い奴をあぶり出すためだと怒った友人は、珍解答が全く的外れであること以上に初っ端からスカラに行列を代入するという無神経さを怒っていたのです。det(A-xE)を展開し、行列係数のxに関する多項式を算出した上で、行列係数の各々とAの積が可換であること(何故なら、xのべき乗をくくり出す時にxをスカラと見なして行列係数の各々との積の可換を前提して算出しているからです)を確認して始めて算出した多項式のxにAを代入することが可能なのです。以上を読んだ学生なら二度とこんな馬鹿げた質問をしないでしょう。
さて話はがらりと変わります。本物の天才(つまり、単なる早熟児や山師ではないという意味です)ピーター・ショルツ博士については、これまでも"2012年当時のピーター・ショルツへのインタヴュー"、"フィールズ賞受賞者ピーター・ショルツへのインタヴュー"を紹介しました。私の身辺ではそれらが結構読まれている(前述2編のうち、後者はインタヴューワの質が最悪だったので、どうかと思うのですが)ようでしたので、2016年のQuanta Magazine誌に始めてショルツ博士が登場した"The Oracle of Arithmetic"を今回紹介します。勿論、もっと以前から数学界では有名な人でしたが、一般大衆を読者層とするオンライン科学ジャーナルにおいては始めての登場だったのではないかと思います。
これを最初に読んだ時の私の率直な感想を書くと、ショルツ博士はあの若さで数学的業績も圧倒的なら、あの若さで人柄も素晴らしいと思いました。後日フィールズ賞等を受賞し、世界を引っ張るリーダと呼ばれるのは当然のことなのかも知れません。
以下にその私訳を載せておきます。
数論の賢人
2016年06月28日 Erica Klarreich
28歳でピーター・ショルツは数論と幾何学の間の深い繋がりを明らかにしつつある。
2010年、びっくりさせる噂が数論コミュニティに行き渡り、Jared Weinsteinに届いた。どうやら、ボン大学の或る学生が数論における一つの不可解な証明に捧げられた288ペィジの本"Harris-Taylor"[訳注: 2001年01月にプリンストン大学出版部から出版された、Michael HarrisとRichard Taylor共著の有名な本The Geometry and Cohomology of Some Simple Shimura Varietiesのこと]をたった37ペィジに再構成する論文を書いたようだ。22歳の学生ピーター・ショルツは証明の最も複雑な部分の一つ(それは数論と幾何学の間の広範囲にわたる繋がりを扱っている)を回避する方法を発見していた。
"そんなに若い誰かがとても革命的なことを成し遂げていたことは本当にすごかった。非常に屈辱的だった"と現在はボストン大学にいる34歳の数論学者Weinsteinは言った。
ボン大学(ボン大学はたった2年後にショルツを常勤教授にした)の数学者達は既に彼の異常なる数学的頭脳に気づいていた。彼のHarris-Taylor論文の投稿後、数論と幾何学のエクスパート達もショルツに注目し始めた。
その時から、現在28歳のショルツはより広大な数学コミュニティにおいて高位に昇って来ている。賞の顕彰の言葉は彼のことを"既に世界で最も影響力のある数学者の一人である"、"数十年ごとにしか出現しない稀なる才能だ"と呼んでいる。彼は数学における最も栄誉あるものの一つであるフィールズ賞の最有力候補だ[訳注: この記事は2016年のものです。 皆さんもご存じだと思いますが、2018年にリーオゥで開催された国際数学者会議においてショルツ博士はフィールズ賞を受賞しました。これほど予想が簡単だった候補者も珍しいと思います]と言われている。
ショルツの主要なイノヴェイシュン、すなわち彼がパーフィクトイド空間と呼ぶフラクタル構造のクラスはたった数年しか経っていないが、数論幾何学(そこでは数論と幾何学が共に来る)の分野では広範囲にわたる波及効果を持って来ている。ショルツの研究には先見の明を持つ品質があるとWeinsteinは言った。"彼はそれらが始まる時の前でさえ展開を見ることが出来る"。
多くの数学者達はショルツに"畏敬と恐れと高揚の混ざっている"気分で反応しているとミシガン大学の数学者Bhargav Bhatt(彼はショルツと共同論文書いて来ている)は言った。
それは彼の個性のためではない。彼の個性を同僚達は一様に自分をわきまえており寛容だと表現する。"うーん、どういう訳か彼は決して貴方よりずっと上の存在であることを感じさせない"とボン大学のショルツの同僚であるEugen Hellmannは言った。
その代わりとして、数学的現象の性質を深く理解出来る彼の不気味な能力のためである。多くの数学者達と違って、彼はしばしば解きたい問題から始めず、彼が理解したい把握しにくい概念からそれ自身のために始める。しかしながら、ショルツと共同研究をやって来ているプリンストン大学の数論学者Ana Caraianiは彼の作る構造が"それらが考えるべき正しいオブジェクトだったから、その時は予見されなかった数えきれない他の方向に応用を持っていることが判明する"と言った。
数論を学ぶ
数学と科学を専門にしているベルリンの高校Heinrich Hertz Gymnasiumに通いながら、14歳でショルツは大学レヴェルの数学を独学し始めた。Heinrich Hertzでは"数学に興味を持っていたなら、疎外されなかった"とショルツは言った。
16歳でショルツはフェルマの最終定理(nが2よりも大きいならxn+yn=znは非零の整数解を持たないと言っている)として知られる有名な17世紀の問題を10年前にアンデュルゥ・ワイルズが解決していたことを知った。ショルツは証明を勉強したかったが、問題の簡潔さにもかかわらず、その解法は最先端の数学のいくつかを使用していることをすぐに理解した。"何も分からなかったが、本当に魅力的だった"と彼は言った。
それでショルツは証明を理解するために彼が学ぶ必要があったものを理解しながら、逆に辿った。"今日まで、それがかなりの程度まで私が学ぶやり方だ。実際、線型代数のような基礎事項をそれほど習わなかった。つまり、他の事柄を通して基礎事項を吸収したのに過ぎなかった"と彼は言った。
ショルツは証明を詳しく調べるにつれて、関係する数学オブジェクトに魅了されるようになった。すなわち、数論、代数学、幾何学、解析学という離れた分野を神秘的に統一するモデュラ形式と楕円曲線と呼ばれる構造である。関係するオブジェクトの種類に関して読むことはおそらく問題そのものよりもずっと魅力的だったと彼は言った。
ショルツの数学的好みは具体的になって行った。現在、まだ彼は整数に関する基礎的方程式に根を持つ問題に引きつけられている。規則正しく難解な数学的構造を作っている非常に実体のある根は彼に具体的だと感じさせる。"結局、数論に興味を持っている"と彼は言った。彼の抽象的構築があちこち遡って通常の整数に関する小さな発見へ導く時が最も幸福だと思うと言った。
高校の後、ショルツはボン大学で数論と幾何学における、この関心を追求し続けた。ボン大学での彼の数学クラスで、彼は決してノゥトを取らなかったとHellmannは思い出した。Hellmannはショルツのクラスメイトだった。ショルツは瞬時にコース教材を理解出来たとHellmannは言った。"単に理解しているのみならず、ある種の深いレヴェルにおいて本当に理解している。だから彼も忘れないのだろう"。
ショルツは数論幾何学の分野で研究を始めた。数論幾何学は代数方程式(数、変数、指数だけが関係するxy2+3y=5のような方程式)に対する整数解を理解するために幾何学的ツールを使う。この型の方程式に対して、p-進数と呼ばれる代替数体系の中で解を持つかどうかを研究することが有効だ。実数のようにp-進数は整数と分数の間のギャプを埋めることによって構築される。しかし、これらの数体系は、どこにギャプが存在し、どの数が互いと接近しているのかという非標準的な概念に基づく。p-進数体系においては、2つの数の違いが小さいのではなく、その違いがpにより多数回割り切れるならば2つの数は近いと考える。
奇妙な判断基準だが、便利なものだ。例えば、3-進数は3の因子が鍵となるx2 =3y2のような方程式を研究する自然な方法を与える。
p-進数は"私達の日常の直観からは遠くかけ離れている"とショルツは言った。しかし、長年にわたって、それらが彼にとって自然と感じるようになって来ている。"今やp-進数よりも実数の方がずっとずっと混乱させると感じる。私はそれらに余りにも慣れて来ているので今では実数が非常に奇妙だ"。
数体系の無限塔を作ってp-進数を展開するならp-進数に関する多くの問題がより簡単になることに数学者達は1970年代に注目した。数体系の無限塔では一つがその下に一つをp回包み、塔の底ではp-進数を用いる。この無限塔の"最上階"には極度に包装された空間がある。すなわち、後にショルツが展開することになるパーフィクトイド空間の最も簡単なフラクタルなオブジェクトだ。
ショルツはこの無限包装の構築がp-進数と多項式に関するとても多くの問題をより簡単にする理由を解決することを自らに課した。"私はこの現象の中核を理解しようと努めた。それを説明出来る一般的形式論は無かった"。
彼は最後には幅広い数学構造に対するパーフィクトイド空間を構築することが可能だと理解した。これらのパーフィクトイド空間がp-進世界から多項式に関する問題を異なる数学世界に滑り込ませることが可能だと彼は示した。この異なる数学世界では算術がずっと簡単だ(例えば、足し算をする時に繰り上げる必要が無い)。"パーフィクトイド空間に関する不思議な特性は、それらが2つの数体系の間を神秘的に動けることだ"とWeinsteinは言った。
この考察は彼にウェイト・モノデュロミ予想と呼ばれる、多項式のp-進解に関する複雑な命題の部分的証明をさせた。これが彼の2012年の学位論文になった。その学位論文は"とても広範囲な影響力を持っていたから、世界中の研究グループの話題だった"とWeinsteinは言った。
ショルツは"以前に為されている研究全体を組込み、そのためのエリガントな定式化を見つける正しく且つ明晰な方法を正確に分かっていた。そして、正しいフレイムワークを実際に見つけたから、知られている結果を超えて行く"とHellmannは言った。
ジャングルを飛越える
パーフィクトイド空間の複雑性にもかかわらず、ショルツは彼の話と論文の明晰性で有名だ。"ピーターが私にそれを説明するまで、私はそれほど分かっていない"とWeinsteinは言った。
ショルツは必ず彼のアイディアを初心大学院生でもついて来られるレヴェルで説明しようとするとCaraianiは言った。"アイディアの用語に、この公開性と寛容性のセンスがある。そして、彼はそれを数人の古参な人々にするだけではなく、実際に多くの若者達が彼に近づく機会を持っている"と彼女は言った。ショルツの友好的で近づき易い姿勢が彼の分野で彼を理想のリーダにしているとCaraianiは言った。かって彼女とショルツが数学者のグループと共に難しいハイキングをした時に、"全員が行けるかを確認し、しっかりしているか全員を検査しながら、あちこち歩き回っていたのは彼だった"とCaraianiは言った。
だが、ショルツの説明を借りてさえも、パーフィクトイド空間は他の研究者にとって把握するのが難しいとHellmannは言った。"もし貴方が径または彼が規定する方法から少し外れたなら、貴方はジャングルの真っ只中におり、実に困難だ"。しかし、ショルツ自身は"ジャングルと格闘しようとするはずがないから、ジャングルで自分を見失わないであろう。ある種の明確な概念に対して彼はいつも概観を求めている"とHellmannは言った。
ショルツはジャングルを力ずくで飛越えることでジャングルのつるの中で錯綜することを避ける。彼が大学にいた時と同様に、彼は何も書き下さないで研究することを好む。それは可能な限り最高に明晰な方法にアイディアを定式化しなければならないことを意味すると彼は言った。"頭脳の中では或る種の限られた能力しかないのだから、余りにも複雑なことは出来ない"。
他の数学者達が今パーフィクトイド空間を取組む始めている間に、パーフィクトイド空間に関する最も広範囲にわたる発見の一部は、驚くことではないが、ショルツと彼の共同研究者から来ている。2013年にオンラインで彼が投稿した結果は"実際に或る程度コミュニティを仰天させた。私達はそのような定理が出現するとは思わなかった”とWeinsteinは言った。
ショルツの結果は相互法則として知られている規則の範囲を拡張した。相互法則は時計(必ずしも12時間を持つものではないけれども)の算術を使用する多項式の振舞いを管理する。時計算(例えば、時計が12時間を持っているなら8 + 5 = 1)は数学の中で最も自然で広く研究された有限数体系だ。
相互法則は200歳の平方剰余の相互法則(数論の基礎であり、ショルツの個人的お気に入りの定理)の一般化である。法則は2つの素数pとqが与えられた時、殆どの場合、p時間を持つ時計上でqが完全平方である時にのみq時間を持つ時計上でpが完全平方であると述べている。例えば、5は11時間を持つ時計上で5 = 16 = 42だから完全平方であり、11は5時間を持つ時計上で11 = 1 = 12だから完全平方である。
"私はそれを非常に驚きだと思う。外見上は、これら2つの事柄は互いと関係がないと思える"とショルツは言った。
"この法則を一般化する試みと全く同様に、多くの現代代数的数論を解釈出来る"とWeinsteinは言った。
20世紀の半ば、数学者達は相互法則と全く異なる議題に思えるものの間に驚くべき繋がりを発見した。その議題はM. C. エッシャーの有名な円板の天使と悪魔のタイリングのようなパターンの"双曲的"幾何学である。この繋がりは数論、幾何学、解析学の間の関係に関する密接に結びついた予想と定理の集まりである"ラングランズ・プログラム"の中核部分だ。これらの予想が解決される時、それらは非常にパワフルである。例えば、フェルマの最終定理の証明はラングランズ・プログラムの一つの小さな(だが、高度に非自明な)セクシュンを解くことに要約される。
数学者達は次第にラングランズ・プログラムが双曲的円板をはるかに超えて拡大していることに気づくようになって来ている。高次元双曲的空間といろいろな状況においても研究可能である。ところで、ショルツはラングランズ・プログラムを"双曲的3-空間"(双曲的円板の3次元の類似)とその先における多種多様な構造へ拡張する方法を示している。双曲的3-空間のパーフィクトイド版を構築することによって、ショルツは相互法則の全く新しい一組を発見している。
"ピーターの研究は成し得るもの、私達が近づくものを完全に一変させて来ている"とCaraianiは言った。
ショルツの結果はラングランズ・プログラムが"私達が思ったよりも深遠であり...もっと系統的、絶えず存在する"ことを示しているとWeinsteinは言った。
速い前線
Weinsteinによれば、ショルツと数学を議論することは"本当の賢人"に意見を求めることと似ている。"彼が'イエス、上手く動く'と言えば自信を持てる。彼がノゥと言えば直ちに諦めるべきだ。彼が分からない(偶々起きる)と言えば、手中に興味深い問題を持っているのだから貴方はついている"。
それでもショルツと共同研究することは予期するほどに厳しい体験ではないとCaraianiは言った。彼女がショルツと研究した時、急いでやる感覚は決してなかったと彼女は言った。"どうしてかいつも私達が正しいやり方でやっているような感じだった。つまり、何とかして私達が出来るであろう最も一般的な定理を証明すること、事柄を解明するだろう正しい構築をすること"。
けれども、ショルツ自身が急いでやった時があった。すなわち、彼の娘の誕生の直前、2013年の末に論文を仕上げようと努めていた間だった。その時は彼が自身を急かす良いことだったと彼は言った。"後にはやり過ぎをしなかった"。
父親になることは時間の使い方に統制を取らせたとショルツは言った。だが、研究のための時間を封鎖する必要はない。すなわち、彼の他の義務の間に数学が全空間を埋めているだけだ。"数学が私の情熱だと思う。いつも数学を考えたい"。
それでも彼はこの情熱を美化する傾向が全くない。彼は数学者に生まれついたと思うかと訊かれると異議を唱えた。"それは余りにも哲学的に聞こえる"と彼は言った。
個人の人として彼は増大している彼の名声にいくぶん納得してない(例えば、彼は3月にドイツの権威あるライプニッツ賞の今までの最年少受賞者になった。ライプニッツ賞は将来の研究に使用されるべき250万ユーロを授与する)。"時おり、ちょっと圧倒される。それによって私の日常生活が影響されないように努めている"と彼は言った。
ショルツはパーフィクトイド空間を探究し続けているが、代数トポロジ(図形を研究するために代数学を使用する)に軽く触れている数学の他の分野にも手を広げている。"昨年の一年半の経過に渡って、ピーターはその議題の完全な熟練者になってしまっている。彼は専門家がそれを考えるやり方を変えた"とBhattは言った。
ショルツが他の数学者達の分野に入る時、怖ろしいことになり得るが、他の数学者達にとって興奮させることにもなり得るとBhattは言った。"それは議題が速く動いていることを意味する。私のものに近い分野で彼が研究していることを私は狂喜しているので、知識の最前線が前に進んでいるのを実際に見ている"。
それでもショルツにとって、これまでの彼の研究は準備運動に過ぎない。"私は何がそこにあるかを学ぼうと努めている局面にまだおり、私自身の言葉で言換えているのかも知れない。実際に研究をやり始めているようには思えない"と彼は言った。
ここまで書けば、ケイリー-ハミルトンの定理を知らない人でも上記の珍解答の何が駄目なのかお分かりになっただろうと思います。つまり、零行列とスカラ0は全く別物であるということです。もう少し補足すると、A-xEを行列係数を持つxに関する一次多項式であるという断わりがあるのであれば、このxにAを代入することは何ら問題ありません。但し、その場合でもdet(A-xE)は何を意味するのか不明だと私は思います。つまり、xの一次多項式の行列式って一体何なのかというわけです。だから、普通はxをスカラであると見なし、A-xEを行列であると考えます。数学デリカシの無い奴をあぶり出すためだと怒った友人は、珍解答が全く的外れであること以上に初っ端からスカラに行列を代入するという無神経さを怒っていたのです。det(A-xE)を展開し、行列係数のxに関する多項式を算出した上で、行列係数の各々とAの積が可換であること(何故なら、xのべき乗をくくり出す時にxをスカラと見なして行列係数の各々との積の可換を前提して算出しているからです)を確認して始めて算出した多項式のxにAを代入することが可能なのです。以上を読んだ学生なら二度とこんな馬鹿げた質問をしないでしょう。
さて話はがらりと変わります。本物の天才(つまり、単なる早熟児や山師ではないという意味です)ピーター・ショルツ博士については、これまでも"2012年当時のピーター・ショルツへのインタヴュー"、"フィールズ賞受賞者ピーター・ショルツへのインタヴュー"を紹介しました。私の身辺ではそれらが結構読まれている(前述2編のうち、後者はインタヴューワの質が最悪だったので、どうかと思うのですが)ようでしたので、2016年のQuanta Magazine誌に始めてショルツ博士が登場した"The Oracle of Arithmetic"を今回紹介します。勿論、もっと以前から数学界では有名な人でしたが、一般大衆を読者層とするオンライン科学ジャーナルにおいては始めての登場だったのではないかと思います。
これを最初に読んだ時の私の率直な感想を書くと、ショルツ博士はあの若さで数学的業績も圧倒的なら、あの若さで人柄も素晴らしいと思いました。後日フィールズ賞等を受賞し、世界を引っ張るリーダと呼ばれるのは当然のことなのかも知れません。
以下にその私訳を載せておきます。
[追記: 2023年01月06日]
ペータ・ショルツェ博士が証明に対して実に真摯なことが分かるものとして“証明支援系が一流数学へと飛躍する”があります。
数論の賢人
2016年06月28日 Erica Klarreich
28歳でピーター・ショルツは数論と幾何学の間の深い繋がりを明らかにしつつある。
2010年、びっくりさせる噂が数論コミュニティに行き渡り、Jared Weinsteinに届いた。どうやら、ボン大学の或る学生が数論における一つの不可解な証明に捧げられた288ペィジの本"Harris-Taylor"[訳注: 2001年01月にプリンストン大学出版部から出版された、Michael HarrisとRichard Taylor共著の有名な本The Geometry and Cohomology of Some Simple Shimura Varietiesのこと]をたった37ペィジに再構成する論文を書いたようだ。22歳の学生ピーター・ショルツは証明の最も複雑な部分の一つ(それは数論と幾何学の間の広範囲にわたる繋がりを扱っている)を回避する方法を発見していた。
"そんなに若い誰かがとても革命的なことを成し遂げていたことは本当にすごかった。非常に屈辱的だった"と現在はボストン大学にいる34歳の数論学者Weinsteinは言った。
ボン大学(ボン大学はたった2年後にショルツを常勤教授にした)の数学者達は既に彼の異常なる数学的頭脳に気づいていた。彼のHarris-Taylor論文の投稿後、数論と幾何学のエクスパート達もショルツに注目し始めた。
その時から、現在28歳のショルツはより広大な数学コミュニティにおいて高位に昇って来ている。賞の顕彰の言葉は彼のことを"既に世界で最も影響力のある数学者の一人である"、"数十年ごとにしか出現しない稀なる才能だ"と呼んでいる。彼は数学における最も栄誉あるものの一つであるフィールズ賞の最有力候補だ[訳注: この記事は2016年のものです。 皆さんもご存じだと思いますが、2018年にリーオゥで開催された国際数学者会議においてショルツ博士はフィールズ賞を受賞しました。これほど予想が簡単だった候補者も珍しいと思います]と言われている。
ショルツの主要なイノヴェイシュン、すなわち彼がパーフィクトイド空間と呼ぶフラクタル構造のクラスはたった数年しか経っていないが、数論幾何学(そこでは数論と幾何学が共に来る)の分野では広範囲にわたる波及効果を持って来ている。ショルツの研究には先見の明を持つ品質があるとWeinsteinは言った。"彼はそれらが始まる時の前でさえ展開を見ることが出来る"。
多くの数学者達はショルツに"畏敬と恐れと高揚の混ざっている"気分で反応しているとミシガン大学の数学者Bhargav Bhatt(彼はショルツと共同論文書いて来ている)は言った。
それは彼の個性のためではない。彼の個性を同僚達は一様に自分をわきまえており寛容だと表現する。"うーん、どういう訳か彼は決して貴方よりずっと上の存在であることを感じさせない"とボン大学のショルツの同僚であるEugen Hellmannは言った。
その代わりとして、数学的現象の性質を深く理解出来る彼の不気味な能力のためである。多くの数学者達と違って、彼はしばしば解きたい問題から始めず、彼が理解したい把握しにくい概念からそれ自身のために始める。しかしながら、ショルツと共同研究をやって来ているプリンストン大学の数論学者Ana Caraianiは彼の作る構造が"それらが考えるべき正しいオブジェクトだったから、その時は予見されなかった数えきれない他の方向に応用を持っていることが判明する"と言った。
数論を学ぶ
数学と科学を専門にしているベルリンの高校Heinrich Hertz Gymnasiumに通いながら、14歳でショルツは大学レヴェルの数学を独学し始めた。Heinrich Hertzでは"数学に興味を持っていたなら、疎外されなかった"とショルツは言った。
16歳でショルツはフェルマの最終定理(nが2よりも大きいならxn+yn=znは非零の整数解を持たないと言っている)として知られる有名な17世紀の問題を10年前にアンデュルゥ・ワイルズが解決していたことを知った。ショルツは証明を勉強したかったが、問題の簡潔さにもかかわらず、その解法は最先端の数学のいくつかを使用していることをすぐに理解した。"何も分からなかったが、本当に魅力的だった"と彼は言った。
それでショルツは証明を理解するために彼が学ぶ必要があったものを理解しながら、逆に辿った。"今日まで、それがかなりの程度まで私が学ぶやり方だ。実際、線型代数のような基礎事項をそれほど習わなかった。つまり、他の事柄を通して基礎事項を吸収したのに過ぎなかった"と彼は言った。
ショルツは証明を詳しく調べるにつれて、関係する数学オブジェクトに魅了されるようになった。すなわち、数論、代数学、幾何学、解析学という離れた分野を神秘的に統一するモデュラ形式と楕円曲線と呼ばれる構造である。関係するオブジェクトの種類に関して読むことはおそらく問題そのものよりもずっと魅力的だったと彼は言った。
ショルツの数学的好みは具体的になって行った。現在、まだ彼は整数に関する基礎的方程式に根を持つ問題に引きつけられている。規則正しく難解な数学的構造を作っている非常に実体のある根は彼に具体的だと感じさせる。"結局、数論に興味を持っている"と彼は言った。彼の抽象的構築があちこち遡って通常の整数に関する小さな発見へ導く時が最も幸福だと思うと言った。
高校の後、ショルツはボン大学で数論と幾何学における、この関心を追求し続けた。ボン大学での彼の数学クラスで、彼は決してノゥトを取らなかったとHellmannは思い出した。Hellmannはショルツのクラスメイトだった。ショルツは瞬時にコース教材を理解出来たとHellmannは言った。"単に理解しているのみならず、ある種の深いレヴェルにおいて本当に理解している。だから彼も忘れないのだろう"。
ショルツは数論幾何学の分野で研究を始めた。数論幾何学は代数方程式(数、変数、指数だけが関係するxy2+3y=5のような方程式)に対する整数解を理解するために幾何学的ツールを使う。この型の方程式に対して、p-進数と呼ばれる代替数体系の中で解を持つかどうかを研究することが有効だ。実数のようにp-進数は整数と分数の間のギャプを埋めることによって構築される。しかし、これらの数体系は、どこにギャプが存在し、どの数が互いと接近しているのかという非標準的な概念に基づく。p-進数体系においては、2つの数の違いが小さいのではなく、その違いがpにより多数回割り切れるならば2つの数は近いと考える。
奇妙な判断基準だが、便利なものだ。例えば、3-進数は3の因子が鍵となるx2 =3y2のような方程式を研究する自然な方法を与える。
p-進数は"私達の日常の直観からは遠くかけ離れている"とショルツは言った。しかし、長年にわたって、それらが彼にとって自然と感じるようになって来ている。"今やp-進数よりも実数の方がずっとずっと混乱させると感じる。私はそれらに余りにも慣れて来ているので今では実数が非常に奇妙だ"。
数体系の無限塔を作ってp-進数を展開するならp-進数に関する多くの問題がより簡単になることに数学者達は1970年代に注目した。数体系の無限塔では一つがその下に一つをp回包み、塔の底ではp-進数を用いる。この無限塔の"最上階"には極度に包装された空間がある。すなわち、後にショルツが展開することになるパーフィクトイド空間の最も簡単なフラクタルなオブジェクトだ。
ショルツはこの無限包装の構築がp-進数と多項式に関するとても多くの問題をより簡単にする理由を解決することを自らに課した。"私はこの現象の中核を理解しようと努めた。それを説明出来る一般的形式論は無かった"。
彼は最後には幅広い数学構造に対するパーフィクトイド空間を構築することが可能だと理解した。これらのパーフィクトイド空間がp-進世界から多項式に関する問題を異なる数学世界に滑り込ませることが可能だと彼は示した。この異なる数学世界では算術がずっと簡単だ(例えば、足し算をする時に繰り上げる必要が無い)。"パーフィクトイド空間に関する不思議な特性は、それらが2つの数体系の間を神秘的に動けることだ"とWeinsteinは言った。
この考察は彼にウェイト・モノデュロミ予想と呼ばれる、多項式のp-進解に関する複雑な命題の部分的証明をさせた。これが彼の2012年の学位論文になった。その学位論文は"とても広範囲な影響力を持っていたから、世界中の研究グループの話題だった"とWeinsteinは言った。
ショルツは"以前に為されている研究全体を組込み、そのためのエリガントな定式化を見つける正しく且つ明晰な方法を正確に分かっていた。そして、正しいフレイムワークを実際に見つけたから、知られている結果を超えて行く"とHellmannは言った。
ジャングルを飛越える
パーフィクトイド空間の複雑性にもかかわらず、ショルツは彼の話と論文の明晰性で有名だ。"ピーターが私にそれを説明するまで、私はそれほど分かっていない"とWeinsteinは言った。
ショルツは必ず彼のアイディアを初心大学院生でもついて来られるレヴェルで説明しようとするとCaraianiは言った。"アイディアの用語に、この公開性と寛容性のセンスがある。そして、彼はそれを数人の古参な人々にするだけではなく、実際に多くの若者達が彼に近づく機会を持っている"と彼女は言った。ショルツの友好的で近づき易い姿勢が彼の分野で彼を理想のリーダにしているとCaraianiは言った。かって彼女とショルツが数学者のグループと共に難しいハイキングをした時に、"全員が行けるかを確認し、しっかりしているか全員を検査しながら、あちこち歩き回っていたのは彼だった"とCaraianiは言った。
だが、ショルツの説明を借りてさえも、パーフィクトイド空間は他の研究者にとって把握するのが難しいとHellmannは言った。"もし貴方が径または彼が規定する方法から少し外れたなら、貴方はジャングルの真っ只中におり、実に困難だ"。しかし、ショルツ自身は"ジャングルと格闘しようとするはずがないから、ジャングルで自分を見失わないであろう。ある種の明確な概念に対して彼はいつも概観を求めている"とHellmannは言った。
ショルツはジャングルを力ずくで飛越えることでジャングルのつるの中で錯綜することを避ける。彼が大学にいた時と同様に、彼は何も書き下さないで研究することを好む。それは可能な限り最高に明晰な方法にアイディアを定式化しなければならないことを意味すると彼は言った。"頭脳の中では或る種の限られた能力しかないのだから、余りにも複雑なことは出来ない"。
他の数学者達が今パーフィクトイド空間を取組む始めている間に、パーフィクトイド空間に関する最も広範囲にわたる発見の一部は、驚くことではないが、ショルツと彼の共同研究者から来ている。2013年にオンラインで彼が投稿した結果は"実際に或る程度コミュニティを仰天させた。私達はそのような定理が出現するとは思わなかった”とWeinsteinは言った。
ショルツの結果は相互法則として知られている規則の範囲を拡張した。相互法則は時計(必ずしも12時間を持つものではないけれども)の算術を使用する多項式の振舞いを管理する。時計算(例えば、時計が12時間を持っているなら8 + 5 = 1)は数学の中で最も自然で広く研究された有限数体系だ。
相互法則は200歳の平方剰余の相互法則(数論の基礎であり、ショルツの個人的お気に入りの定理)の一般化である。法則は2つの素数pとqが与えられた時、殆どの場合、p時間を持つ時計上でqが完全平方である時にのみq時間を持つ時計上でpが完全平方であると述べている。例えば、5は11時間を持つ時計上で5 = 16 = 42だから完全平方であり、11は5時間を持つ時計上で11 = 1 = 12だから完全平方である。
"私はそれを非常に驚きだと思う。外見上は、これら2つの事柄は互いと関係がないと思える"とショルツは言った。
"この法則を一般化する試みと全く同様に、多くの現代代数的数論を解釈出来る"とWeinsteinは言った。
20世紀の半ば、数学者達は相互法則と全く異なる議題に思えるものの間に驚くべき繋がりを発見した。その議題はM. C. エッシャーの有名な円板の天使と悪魔のタイリングのようなパターンの"双曲的"幾何学である。この繋がりは数論、幾何学、解析学の間の関係に関する密接に結びついた予想と定理の集まりである"ラングランズ・プログラム"の中核部分だ。これらの予想が解決される時、それらは非常にパワフルである。例えば、フェルマの最終定理の証明はラングランズ・プログラムの一つの小さな(だが、高度に非自明な)セクシュンを解くことに要約される。
数学者達は次第にラングランズ・プログラムが双曲的円板をはるかに超えて拡大していることに気づくようになって来ている。高次元双曲的空間といろいろな状況においても研究可能である。ところで、ショルツはラングランズ・プログラムを"双曲的3-空間"(双曲的円板の3次元の類似)とその先における多種多様な構造へ拡張する方法を示している。双曲的3-空間のパーフィクトイド版を構築することによって、ショルツは相互法則の全く新しい一組を発見している。
"ピーターの研究は成し得るもの、私達が近づくものを完全に一変させて来ている"とCaraianiは言った。
ショルツの結果はラングランズ・プログラムが"私達が思ったよりも深遠であり...もっと系統的、絶えず存在する"ことを示しているとWeinsteinは言った。
速い前線
Weinsteinによれば、ショルツと数学を議論することは"本当の賢人"に意見を求めることと似ている。"彼が'イエス、上手く動く'と言えば自信を持てる。彼がノゥと言えば直ちに諦めるべきだ。彼が分からない(偶々起きる)と言えば、手中に興味深い問題を持っているのだから貴方はついている"。
それでもショルツと共同研究することは予期するほどに厳しい体験ではないとCaraianiは言った。彼女がショルツと研究した時、急いでやる感覚は決してなかったと彼女は言った。"どうしてかいつも私達が正しいやり方でやっているような感じだった。つまり、何とかして私達が出来るであろう最も一般的な定理を証明すること、事柄を解明するだろう正しい構築をすること"。
けれども、ショルツ自身が急いでやった時があった。すなわち、彼の娘の誕生の直前、2013年の末に論文を仕上げようと努めていた間だった。その時は彼が自身を急かす良いことだったと彼は言った。"後にはやり過ぎをしなかった"。
父親になることは時間の使い方に統制を取らせたとショルツは言った。だが、研究のための時間を封鎖する必要はない。すなわち、彼の他の義務の間に数学が全空間を埋めているだけだ。"数学が私の情熱だと思う。いつも数学を考えたい"。
それでも彼はこの情熱を美化する傾向が全くない。彼は数学者に生まれついたと思うかと訊かれると異議を唱えた。"それは余りにも哲学的に聞こえる"と彼は言った。
個人の人として彼は増大している彼の名声にいくぶん納得してない(例えば、彼は3月にドイツの権威あるライプニッツ賞の今までの最年少受賞者になった。ライプニッツ賞は将来の研究に使用されるべき250万ユーロを授与する)。"時おり、ちょっと圧倒される。それによって私の日常生活が影響されないように努めている"と彼は言った。
ショルツはパーフィクトイド空間を探究し続けているが、代数トポロジ(図形を研究するために代数学を使用する)に軽く触れている数学の他の分野にも手を広げている。"昨年の一年半の経過に渡って、ピーターはその議題の完全な熟練者になってしまっている。彼は専門家がそれを考えるやり方を変えた"とBhattは言った。
ショルツが他の数学者達の分野に入る時、怖ろしいことになり得るが、他の数学者達にとって興奮させることにもなり得るとBhattは言った。"それは議題が速く動いていることを意味する。私のものに近い分野で彼が研究していることを私は狂喜しているので、知識の最前線が前に進んでいるのを実際に見ている"。
それでもショルツにとって、これまでの彼の研究は準備運動に過ぎない。"私は何がそこにあるかを学ぼうと努めている局面にまだおり、私自身の言葉で言換えているのかも知れない。実際に研究をやり始めているようには思えない"と彼は言った。
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